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2018. 10. 07  
①別府港~大阪府立体育館へ

2年ぶりに開催される国内RA★MG。

台風接近中というので船が出るか心配されましたが、無事出航。弾丸ツアー開始

船の中はホテル並みに快適です。部屋はレディース専用ツーリストベッド(上下ベッド12人)の下段

乗客は普段の3分の1ぐらいです。

ちょっと残念だったのはレストランのバイキングが1700円から2000円に値上がりしてたこと。
内容はさして変わらないのだが・・・。
おなかも減っていたのでたらふく食べました。

そのあとさっとお風呂に入り、あとはいつものようにワインを飲んで爆睡・・・
すごく疲れてて8時半には寝てしまいました。

そのためか2時ごろ目が覚めてしまいあとはずーっと帰りの心配ばかりしていました。

大阪についたら予想通りの雨。低気圧の影響で体調もいまいち。テンション上がらず

とりあえずなんばまで地下鉄で移動。朝食サービスのお店が開いてたのでそこでモーニングを食べる。

食後は雨の中キャリーバッグをごろごろひいて、府立体育館まで徒歩10分

ついたらまだ入場できず入り口で待つこと30分。

ようやく10時前に中に入る。

しばらくするとバスが到着し、見慣れた玉友さんたちがぞくぞくとやってきました。

今回は12チームで1チームは40人でした。なので参加者は480人
一時のピーク時よりだいぶ減った感があります。しかも台風の影響で南の方から参加予定だった方が来られなくなってしまって空席もちらほら・・・
いつも肝心な時に雨を降らせる男だな(;_;)

前の週に横浜で2日間を合わせると1,500人を切るぐらいなのかな。
嵐とかの観客動員数には比べ物になりませんが、
俳優さんでこんなイベントしてくれる人って他にいないと思います。

②写真撮影~開会式

雨と寝不足と体調不良でテンション上がらないスタートでしたが、玉ちゃんがあらわれたとたんにスイッチオンとなりました。(^-^)/

最初は1チームごとに記念撮影

相変わらず顔小さいです。顔は日焼けして真っ黒でした。黒いTシャツで背景も黒いので遠目から見てわかりづらい絵になっていましたが、12チームごとに写真をとる間、玉ちゃんをがん見できます。

小さい子がいると必ずだっこしてくれます。玉ちゃんは子どもが好きなのでとても良い表情になるのですよ。
いいお父さんになると思うなー。

名古屋の玉友さんはなんと娘さんとお孫さんの親子3代での参加!恐るべし玉愛!

うちのチームにも3世代で参加している人がいました。すごいです・・・しかしお孫さんは楽しめていたのか?

これまでのRA★MGはマネージャーが司会をしてたけど、今回は吉本興行からプロの方が来ていました。
関西弁でとても上手で楽しい司会でしたが、以前のようなマネージャーとの撮影裏話みたいなのが聞けなくてちょっと残念でした。

いろいろオフレコのことが増えてきたのだなと思いました。

とりあえず、司会者から「ご結婚おめでとうございます」と振られて、「ありがとうございます。おかげさまで無事?楽しくすごさせていただいてます」みたいな軽い返事でした。司会者もそれ以上聞くこともなくさらっと結婚話は終了。
まあ、幸せならいいです。

③競技開始

用意されたお弁当を食べてから競技開始です。

今回からスポーツ的な競技は減りました。理由はファンの年齢層が高くなったからです。
「のだめ」からファンになった人が多いため、そのまま10年が過ぎ、皆様そこそこの年齢に達しているということです。(#^.^#)

玉ちゃんとゲストのデモンストレーション

玉ちゃんのフラフープ

○×クイズ、 借り物競争、輪くぐり、

こんな感じでしたかね。まあ、それなりに楽しかったけど、リレーや綱引きのような盛り上がりはなかったかな。あれはあれでつらかったけど玉ちゃんが少年のように目を輝かせて参加しているのを見るのが楽しかったです。

まあ、一長一短ありますが、車いすの方や杖をついたご老人も参加できていたのでよかったのでは?

少し残念だったのは前は玉ちゃんがあちこちうろうろして実況中継したり言葉をかけたりしてくれて、近くに来てくれてたのでその瞬間にがん見することができてたけど、今回それはなかったなー。なんでだろう。

競技が終わり、得点発表で順位がひっくりかえるのには驚きましたが、そんなに必死でやった競技もないのでみんな「あ、そう」みたいな感じです。
ただ、1位だったチームがひっくりかえるのは心情的にどうなんだろうとは思いましたけど。(1位のチームはごほうびに5人ずつ玉ちゃんと写真に写れるという特典がある)

競技中に船の会社から帰りの便が欠航になったという連絡が入りました。なので急遽その日のうちに新幹線で帰れるところまで帰ることにしました。翌日の方が台風がもっと近づくので身動きがとれなくなることが確実でした。

④ライブ
いつもギターを持ってつま弾いているのに、今回は忘れたのか練習する時間なくてあきらめたのか手ぶらでした。
よって楽器はバンドメンバーにおまかせ。

玉ちゃんの持ち歌の中から懐かしい曲を3曲歌ってくれました。

身近に悲しい出来事があった話をしてしんみりしました。つらかっただろうなと思いましたが、彼女の存在がその悲しみを癒してくれたんだなと感じました。
出会いとかタイミングってそんなものだなと思います。何かの運命に導かれるように出会い、何かのタイミングで赤い糸がつながるのだろうなー。
その糸を大切につなぎとめるのはお互いの努力しかないわけですから、しっかり離さないでいてほしいです。

⑤握手会
ライブが終わると握手会が始まります。玉ちゃんが一人一人の手を握って一言二言話ができます。
480人一人一人と握手ですから、一人30秒ぐらいですが、最初の人から最後の人まではかなりの時間がかかります。
なのでここで久しぶりに会った玉友さんたちとあれやこれやと玉話に花が咲きます。

いつも思いますが玉ちゃんのために全国(世界)から集まってきた人たちが一堂に会する空間て独特の空気が流れています。
玉ちゃん大好きオーラ、玉ちゃんに会えてうれしかったオーラ、玉友さんたちと話せてうれしかったオーラ
・・・体育館の中が幸せオーラで満たされる不思議な場所です。ここでは誰もが玉ちゃんのことを考えているのですから+゚。*(*´∀`*)*。゚+

私「大分から船できました。でも帰りは欠航になったので新幹線で帰れるところまで帰ります。」
玉「あー、今回は本当に台風の影響で迷惑をかけましたね。大変ですが気を付けて」
私「九州にも来てくださいね。」
玉「ぼくも九州には行きたいのですがねー、今年は予定が入ってないんですよー」

玉ちゃんから温かい言葉をもらい、そのまま新大阪駅までFCのバスで送ってもらい、直近の「のぞみ」に乗って小倉からソニックに乗り換えて、別府で降りてタクシーで港まで行き、車で家まで帰りました。帰り着いたのは11時半。船なら一晩寝ている間につくのでこんなに気ぜわしい思いはしなかったなあー。

楽しかったけれど、めちゃくちゃ疲れました。台風のせいなのか年のせいなのかわかりませんが次回のRA★MGは2年後・・・
果たして参加できる気力と体力があるのだろうか??
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2018. 09. 25  
今日は代休をとって朝から衣替えとプチ断捨離をしました。
今回のメインは玉ちゃん雑誌の整理かな・・・

玉木くんファンになってからはや10年。集めた雑誌も山積みとなり、そろそろ片付けなくちゃと思い切りました。

表紙つきの雑誌は玉ちゃん特集の部分だけを残して廃棄。
その他の記事は6ページ以上のものは切り抜き、ファイルに閉じてあとは廃棄。
新聞記事や広告などの切り抜きも廃棄。

以上の作業により半分に減らしました。
玉ちゃんが若かったころの記事など読み返していると、ずいぶん落ち着いてきたなーと思います。
静かな中にも闘志がメラメラしていた10年前。
のだめでブレークしたことで、人気に中身が追いついていない自分にいらだってる感じがよくわかります。

そこからいろいろな役を演じ、いろいろな経験を積んで着実に成長してきた感があります。

最近のインタビューはずいぶん余裕がでてきたと思います。
生涯の伴侶を得たことで公私ともに充実してきたことも理由の一つかも。

若手人気俳優という枠から抜け出していくと、なかなか雑誌で特集される機会も減ってくると思われるので少し寂しいですが、逆にそういった作られたイメージを演じることがなくなり、気持ちが楽になるかもしれません。

これからも息の長い俳優をめざして、様々な役や仕事にチャレンジしてもらいたいです。

まだまだ応援し続けるよー!






2018. 09. 24  
忙しくしているうちにいつの間にか年をとってしまいました。

気づけば私もすでにアラ環

もともとあまり丈夫な体ではありませんでしたが、何とかこれまで仕事も家庭もやってこれたのは幸運でした。

今年はいろいろめまぐるしく周辺が動いた年でした。

いろんなことがひと段落したここへきて自分の体にもがたがきていることに気づきました。
もう無理ができない年齢だなーと思います。

去年までできていたことができなくなっている自分に気づく・・・初めて「老い」という言葉が身に染みてきました。

職場に迷惑をかけるようになったら辞めるタイミングかなと常々思っています。

連れ合いが仕事を完全リタイアすることになりました。定年退職してからも働く気満々だったのに病気でそれが頓挫してしまい、だいぶ不完全燃焼気味です。

家のことをあれこれやってくれているので私は助かっていますが、本人がこの状況を受け入れるのには時間がかかると思われます。

結局のところ、共働きでお互いに励まし合いながら生活してきた相棒(夫)がリタイアしてしまったことで自分の中の「やる気」スイッチが落ちてしまったようです。

私の選択肢は2つ・・・
①夫と一緒に仕事をリタイアして二人で慎ましく隠遁?生活をする。
②気力体力があるまで働き、好きなことをやる。←ここ大事!(^-^)/

私的には②が希望ですが、問題はその気力体力がいつまであるかですが・・・

・・・と、まあ最近私の中では、この二つの間で堂々巡りが起きているわけです。








2018. 08. 29  
この言葉が身に染みる8月でした。

今まで病気知らずだった夫が7月の終わりから突然の体調不良

8月に入りとうとう入院してしまいました。

ちょうど家のリフォームを計画していたところでしたが、業者と日程の折り合いがつかず、お断りした直後のことで、タイミングがいいのか悪いのか・・・

まあ、工事が始まってからの入院騒ぎだとこちらの身がもたないところでしたから、これは天からの思し召しだったのかもしれません。

一時はどうなることかとハラハラドキドキの毎日でした。

夫は3月からこちら公私ともに、気が休まることのない日々を送っていたので、心身ともに疲れ果てたのだと思います。

現在はおかげさまで退院し、自宅療養となりました。

命に関わる病ではありませんが、完治することはない難病らしいです。

定年まで勤めあげられたことに感謝しておとなしく、家でのんびりしてもらいたいと思っています。

本人はまだ働く気まんまんだったため、今回の病を得てすっかり意気消沈しています。

いつも明るく元気いっぱいだった人がこんなに凹んでしまうことにまずもってびっくりです。

男って案外折れやすいのかもしれないですね。

というわけで夫が毎日家にいます。

私が退職したら、二人でスイスに行こうと話していたのですが・・・こんなことになるとは思いませんでした。

長期の旅行に耐えられるまで体が回復するのかは未知数です。

とりあえず、一番悪い状態の頃より徐々に落ち着いてきているので病気と長く付き合いながら小康状態が保てるといいかなと思います。
そして義父母よりは長生きしてもらわないと親不孝ですよね。

今回のことで私が得た教訓は「体を壊してまでも働かないこと」



2018. 08. 17  
アメリカに嫁いだ姪が、家族3人で夏休みに私の実家へ帰ってきました。

姪たちはシアトル近くの町に住んでて、夫は大学の講師をしています。

夏休みが2か月間あるそうです。いいなー。

3歳の娘が1人いるのですが、(もちろんばりばりのハーフです)

マミーと話すときは日本語 ダディと話すときは英語というまさにバイリンガル!

日本語しかわからない私たちはもっぱら姪の通訳で彼と会話をしています。

しかし、娘はちゃんと日本語で私たちと話ができるのでうれしいです。かわいいです。

兄たち夫婦にとっては孫

私にとって彼女はどういう関係なんだかわからんけど、少しは血がつながっているのだなー。

元気で活発な娘でした。我が家に家族で遊びに来てくれたのでピアノで遊ぶかなとフタを開けてみましたが、興味なし。

かわりに戸棚に入っていたブルドーザーのおもちゃ(次男の小さいころの遊び道具)をひっぱりだして「ブーンブーン」と動かしてました。

姪の産んだ子ですが、孫みたいに思えてきました。

うちにも孫できないかなー

当分それはなさそうです。





プロフィール

ninngnnmodoki

Author:ninngnnmodoki
ninngennmodokiのブログです
生まれも育ちも大分県
家族:定年退職した夫
   社会人の長男(家を出て一人暮らし中)
   社会人の次男(何故かいまだに同居中)
    
趣味○音楽
    ・オペラ観劇
    (モーツアルトのオペラが好き)
     最近は「のだめ」の影響でオーケストラも聴くよう     になりました。同時に「玉木宏」君のファンに・・
    ・好きな歌
     ジョンレノン「イマジン」
     ベートーベン第九合唱
   ○読書
    ・好きな作家
     村上春樹
     藤沢周平
     ジェーンオースティン
   ○旅
     気ままな一人旅が好き
     2012年念願のウィーン・プラハへ行ってきました
     2017年あこがれのフィレンツェへ行ってきました

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