高野山への旅 ④

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宿坊に泊まった翌日は朝5時半起き。
6時30分から本堂で勤行に参加しました。

なんと外は3月の終わりというのに雪が積もっていました。

多分O度ぐらいの気温の中、正座してお坊さんのお経を聴きながら堂内の見事な装飾を眺めていました。
ヨーロッパの教会などにも通じるところのある天蓋や灯篭の彫刻。
シルクロードを伝わってやってきたのだなーとか、この灯篭一ついくらだろうとか

無心になるどころか邪心だらけでございました。

勤行が終わると下のお堂へ移動。そこでは護摩焚きが行われました。

配られた板に名前と願い事を書いて護摩焚きの炎の中に投げ込みます。

天井近くまで炎が燃え上がるのでどきどきしました。すごいものを見ました。日本の密教文化の神髄て感じです。

外国の人たちもこのジャパニーズセレモニーを写真や動画にがんがんとっていました。

その後朝食をいただいて、荷物を寺に預け、いよいよ今回の旅の第二の目的である「奥の院」へ入りました。

お寺のすぐそばが奥の院への入り口です。

橋を境に大きな杉木立が見えました。
0度という寒さの中、雪は小雨に変わり、あたりは白く霞んでいます。
橋を渡るとパキーンという感じで空気が変わりました。

霊感などなにも持っていない私でさえ、研ぎ澄まされた空気を感じる場所でした。
まさにパワースポットです。

道を進んでいくと、両側には大きな石塔やお墓?が立ち並んでいます。ここは歴史に名を遺した有名な武将や大名たちのお墓があるのです。

古くは戦国の武将たち。大河ドラマでおなじみの面々です。豊臣秀吉、織田信長、石田三成、明智光秀、徳川家康・・・。

戦場では命をかけて戦った武将たちが、今は同じ場所でおだやかに眠っているという不思議さ。

死んだらみんな同じ魂となるという仏教らしい思想です。

般若心経の教えそのままだと思いました。

本当に本人の遺骨があるのかは不明です。供養塔という意味合いもあるのかと思います。

それにしても島津家 毛利家 伊達家 など明治まで続いた大名家の供養塔はこれみよがしにでかい・・・。

しかも、なぜかグリコとかパナソニックとか現代企業の供養塔まで出現したのには驚きました。

昔も今も高野山は信仰の中心ということでしょう。
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